「楠公さんのまち」大阪・河内長野、PRに活路 日本遺産

 「中世に出逢えるまち」として20日、日本遺産に認定された大阪府河内長野市では「これからも魅力を伝えたい」「南北朝時代なら河内長野というイメージ付けになる」などと喜びの声が広がった。人口減に直面し観光に活路を見いだしたい市は、認定を機に「楠公さんのまち」としてのPRに本腰を入れる。世界文化遺産への登録を確実にした百舌鳥(もず)・古市古墳群など、近隣との連携が鍵を握りそうだ。(藤崎真生)

 ●真の正成を伝える

 構成文化財の中心となったのが、ともに仮の御所「行宮(あんぐう)」として、南朝の政治の拠点となった観心寺と金剛寺。観心寺の支院「中院」は楠木一族の菩提寺で、楠木正成が幼名の多聞丸だったころの少年時代に学問を修めた。国宝の金堂は正成が建築の責任者を務めており、直筆の文書が残るなど、史実としての正成が息づく。

 永島全教(ぜんきょう)住職(49)は「正成の真の姿を伝えたい」と強調。「日本遺産認定を一時的な盛り上がりにするのではなく、文化財を活用した行事を考えて、多くの人に末永く魅力を発信できれば」と力を込めた。

 一方の金剛寺は、南北朝時代に正成が何度も戦勝祈願を依頼したことで知られる。堀智真(ちしん)座主(ざす)(63)は「認められたことは非常にうれしい。同時に、これまで受け継いできたものを後世に伝える責任の重さを感じている」と話した。

 ●念願の追い風

 河内長野市が日本遺産に認定されるまでの道のりは平坦ではなかった。市は当初、正成と嫡男の正行(まさつら)に着目。関係自治体と協力し平成29年に正成らを主題にして申請したが、落選した。

 その後、計画を練り直す過程で観心寺と金剛寺を重視し、里山や街道の風景を含め、南北朝時代を今に伝えるという観点で構成文化財を選んだ。一方で正成・正行についてはNHK大河ドラマの誘致活動を主導し、5府県40市町村で協力する体制を作った。

 島田智明市長は「今回の日本遺産決定は大河ドラマ化の追い風にもなる。河内長野市を『楠公さん』のまちとして売り出していきたい」と抱負を語る。

 河内長野市は今月、世界文化遺産の認定をほぼ確実にした「百舌鳥・古市古墳群」を抱える堺市や、同じく世界文化遺産の高野山がある和歌山県高野町にも近い。島田氏は「人を呼び込むため、両市町と観光PRなどで協力する『広域連携』を考えていくことが重要になる」と話した。

 ●郷土の誇りを

 文化庁は日本遺産に認定した自治体に対し、観光ガイドの育成やPR動画作成などを支援するため、補助金を交付している。30年度は約900万~4400万円が支給された。

 それでも、日本遺産を観光振興に結びつけることに苦戦している自治体もある。「瀬戸の夕凪が包む 国内随一の近世港町~セピア色の港町に日常が溶け込む鞆(とも)の浦~」として30年5月に認定された広島県福山市は、西日本豪雨の影響もあって同年の観光客数が29年の約212万9000人を割り込む見通しだ。

 市文化振興課の担当者は「行政主導から住民主導に持っていかないと継続は難しい」と話す。

 河内長野市も中世を感じさせる歴史のまちという認識が、地元に浸透しているとは言いがたいと分析。日本遺産の認定について、市民への広報などに加え、約10年続く小中学生向けの授業「河内長野ふるさと学」でも取り上げる構えだ。

 市の担当者は「市民とともに盛り上げることが必須。最終的には交流人口を増やし、観光都市として自立したい」と力を込めた。

     ◇

 和泉大樹・阪南大准教授(観光学)の話「日本遺産の認定はあくまでもスタート。これから観光事業者全体で、河内長野市に人を呼ぶためにはどうすればよいかを考え、行動することが重要になる。行政もそうした場を作ったり、たとえば金剛寺と観心寺をつなぐバス路線を整備したりして、来訪者がより長く滞在できるための仕組みを考えることが必要だろう」

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