「日本元気づける試合を」 ラグビーW杯対談 中谷・元防衛相と渡瀬・日本ラグビー協会理事

 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会が開幕し、全国12会場で熱戦が繰り広げられている。ラグビーW杯日本大会成功議員連盟会長の中谷元(げん)・元防衛相と、スーパーラグビー「サンウルブズ」の運営母体「ジャパンエスアール」最高経営責任者(CEO)で、日本ラグビーフットボール協会の渡瀬裕司理事にラグビーの魅力やW杯の見どころなどを語り合ってもらった。

 中谷氏 開幕戦のロシア戦は私も会場で見ましたが、日本の選手たちの必死さが伝わりました。何度も攻撃を受けながら必死に食い止め、ロシアを圧倒していました。大差で勝利でき、ボーナスポイントも獲得できたので上々の出来だと思います。次は世界トップクラスのアイルランドとの対戦なので、ロシア戦の教訓を糧に次の戦いに備えてほしいですね。

 渡瀬氏 ロシア戦は最初のプレーで日本が絶対にしてはならないミスを犯してしまいました。キックオフのボールを落とす初歩的なミスです。その流れの中で、前半に2トライを挙げて逆転できたのは底力がある証だと思います。特にセットプレーが安定していたことがしっかり攻撃できた要因だと思います。苦戦はしましたが、まずは予定通りでしょうか。

 それにしても、開幕戦は東京スタジアムがほぼ満員になり、多くの方が日本チームのジャージーを着て応援してくださるのを見て本当に胸が熱くなりました。これからの日本ラグビーが大きく発展する可能性を感じた1日でした。

 中谷氏 私は防衛大に入学してからラグビーを始めました。当時は関東の1部リーグで法政大や日大など強豪と試合をしていました。日体大出身の方が監督で、土に親しむ、自衛隊らしいラグビーだということで、夏の暑い盛りにランパス(走りながらのパス練習)などでかなり走らされましたね(笑)。ポジションはロックでした。

 渡瀬氏 私は小学生の時に日本選手権決勝で早稲田大が出場していたのを見て、早稲田でラグビーがやりたいと思いました。ボールを持って自由に走れるのが魅力でした。ただ、父に早稲田ではレギュラーになれないと言われ、慶応大でラグビーを始めました。昔の慶応は「魂の」ということで、ランパスやタックル、フォワードならスクラムを1日300本くらいやっていた。私はバックスで一番後ろのフルバック。フォワードの選手は練習もきついし、頭が上がらないなと思っていました。

 中谷氏 フォワードからみると、バックスはいつも走る練習ばかりしているから大変だと(笑)。しかも、フルバックは「最後の砦(とりで)」と呼ばれ、抜けてきた相手の選手を追いかけてタックルをしないといけないので、特に責任重大ですよね。

 さて、ラグビーの魅力は「One for All,All for One(1人はみんなのために、みんなは1人のために)」。チーム15人それぞれに役割があってボールをつなぐ。試合中は監督やコーチはスタンドから見ているので、選手だけで判断して行動します。自由なフィールドで自由なプレーで勝利を目指す。スポーツの原点だと思います。

 渡瀬氏 ラグビーは攻守の切り替え時にチャンスが多い。私は社会人になって金融の仕事が多かったのですが、マーケットの動きなど通ずるものを感じたことがあります。政治もそういう部分があるのではないですか。

 中谷氏 政治は「乱闘国会」がある(笑)。与党は採決の時に委員長、議長を守らなくてはいけないので、いかに早く委員長の回りに行くかが勝負。スクラム状態になるので、出遅れると大混乱で…。まぁ、それはたまにですが、ラグビーに「ノーサイド」という言葉があります。試合が終わったら敵も味方もないというのは美しい。ラグビーは紳士であれということが要求されます。

 渡瀬氏 中谷さんをはじめW杯成功議連の皆さんはいろいろ苦労されたと思いますが、何か記憶に残る話はありますか。

 中谷氏 1998年に国会にラグビーチームができ、森喜朗元首相が主将になりました。ちょうどW杯が99年にウェールズで開催されたとき、国会議員のラグビー大会があり、日本も参加しました。2004年には正式に国会ラグビークラブが発足しました。

 「日本でW杯を」と言い出したのは在英日本大使館からイラクに派遣され、復興支援活動の最中に殉職された奥克彦大使(死去後、参事官から昇進)でした。99年大会の頃から「日本でやろう」と。森元首相も先頭に立って動かれた。奥氏は2003年に命を落とされましたが、10年にW杯招致に向けた議連ができ、本気で日本に誘致しようとみんなで努力しました。イラクで亡くなった(奥氏と井ノ上正盛書記官の)2人にささげる意味でも日本大会は成功させたい。

 渡瀬氏 はい。今大会は、やはり日本がどこまでやるかがポイントです。この4年間、選手もコーチもスタッフも本当に一生懸命取り組んできた。素晴らしい準備とハードワークをしてきた結果を見せてほしい。日本だってやればできるんだという、ラグビー界だけじゃなく、日本という国を元気づける試合をしてほしい。ベスト8になってくれると信じています。

 また、ニュージーランドが長年世界ランキング1位だったのが落ちて、アイルランドや南アフリカなど、どこも強い。どのチームが決勝にあがってくるか、すごく楽しみです。

 中谷氏 一期一会の精神で、1試合1試合名勝負があるのではないでしょうか。日本チームのテストマッチも見ましたが、本当に強くなっている。決勝に進んでくれるように応援したいと思います。W杯はアジアで初開催なので、ラグビーがグローバルスポーツとして日本だけでなくアジアでも認知される。いいプレーをしてもらい、日本のラグビーの普及と発展につなげてほしいですね。

 渡瀬氏 今後はどうラグビーにかかわっていかれますか。

 中谷氏 小学生や中学生、高校生、いろいろな場でラグビーが行われるよう普及を後押ししていきたい。ボールを持つと闘争心が芽生え、仲間にどうパスをつなぐとか、まっすぐ突進しボールをキープするとか、ひとつひとつが状況判断の連続です。また、痛みを体で覚えると、他人にそれをやったら痛いということが分かる。そういう体験をするのは非常にいいと思います。

 渡瀬氏 日本のラグビーは1歩1歩、前に進んでいる気がします。スーパーラグビーのようなリーグに日本のチーム(サンウルブズ)が入るのは10年前は予想できなかった。2021年以降チーム数が減るため残ることはできないですが、何らかの形で関与できるよう懸命にやっています。日本でのラグビーのプロ化は難しいが、決して不可能ではない。W杯をきっかけに、いろいろなことを新たに変えていく節目になると思っています。(田村龍彦)

 【プロフィル】

 中谷元(なかたに・げん) 昭和32年生まれ、高知県出身。防衛大卒。在学中はラグビー部に所属した。陸上自衛隊に任官後、平成2年衆院選で初当選。13年に防衛庁長官、26年にも防衛相に就任した。現在衆院当選10回。国会ラグビークラブ会長やラグビーワールドカップ日本大会成功議連会長を務める。

 渡瀬裕司(わたせ・ゆうじ) 昭和38年生まれ、東京都出身。慶応大卒。61年の日本選手権では社会人チームのトヨタ自動車を破り日本一に。卒業後、三井信託銀行やUBS銀行などに勤務し、平成28年12月ジャパンエスアールCEOに就任。今年6月から日本ラグビーフットボール協会理事(強化担当)。

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