【新首相へ菅さんのスガオ】自分のグラブ貸し「素手でサード」守った菅少年!小中高時代の親友・由利昌司さんが語った

 自民党総裁に選出され、新首相に就任する菅義偉官房長官(71)の故郷、秋田県湯沢市では14日、市内のホテルに「秋田ふるさと後援会」や元同級生らが集まって総裁選のパブリック・ビューイング(PV)を実施した。秋田初の新首相が誕生することになり、会場は拍手に包まれた。菅氏とは小・中・高校と同級生だった親友で元湯沢市議の由利昌司さん(71)は、感無量の表情で新宰相の素顔を明かした。(取材構成・丸山汎)

 湯沢市のPV会場。菅新総裁誕生の瞬間、約150人の支援者らから大きな拍手が響き渡った。そんな歓喜の中「コロナのこともありますから、互いの距離を空けて、声は小さく」。後援会の幹事長も務める由利さんは笑顔で万歳三唱の音頭を取った。

 「決まった瞬間は良かったと喜んだけど、次の瞬間には、多忙になるから体にだけは気を付けてほしいなと」

 由利さんと菅新総裁は、山間の旧雄勝町秋ノ宮地区(現湯沢市)で生まれ育ち、「ヨシヒデ」「マサシ」と呼び合い、毎日遊んだ。「よくけんかもしたしね。彼は足腰が強くてスポーツは万能だった」と振り返る。

 町立秋ノ宮小で菅氏はソフトボール、短距離走、相撲、スキーなどで活躍し学校の代表にも選ばれた。ソフトボールには夢中で、稲刈り後の田んぼで丸太を削って作ったバットで練習した。

 「『おとなしくて人の前に出ない印象だった』という人もいるけれど、身近だった自分から見れば、昔から負けず嫌い。一度言い出したら聞かない頑固者だった」

 優しく面倒見がいい一面もあった。菅氏の実家など当時の秋ノ宮一帯は稲作中心の零細農家が多く、ソフトボール代表選手の半数はグラブを持っていなかった。由利さんや菅氏はペラペラの粗末なグラブを持っていたが、「彼は練習ではいつも人に貸し、自分は素手でサードを守っていた。自分より弱い人や下級生を気遣う性格だった」。

 町立秋の宮中で2人は軟式野球部に入部。日本中の子供が「サード・長嶋」に夢中だった時代。菅氏も持ち前の運動神経で憧れの人が守る三塁に立った。打撃フォームは実に特徴的だった。「バットを後ろに引きつけず前へ投げ出す。後に同じ秋田出身の落合博満選手を見て一緒だと思った。いわば(秋田初の)『神主打法』だな」と笑う。

 顧問の先生からはフォームを変えろといわれたが、「この方がタイミングが取りやすい」と聞かない。それでも打率はいいので菅氏は不動の1番サード。「人が知らないところで相当練習していたと思う」と振り返る。白球を追い続けた2人の夢は、湯沢高の硬式野球部への入部だったが、その思いがかなうことはなかった。

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ