稀勢の里強行出場へ 「迷わずやる」綱の責務

 相手に弱みはさらせないから、とめったに痛がる姿を見せない男が苦痛の表情で何度もうめき声を上げ、支度部屋を後にし、救急車で病院へ向かった前日夜。診察を受けた後に電話で話した後援者やトレーナーに、稀勢の里は迷いのない口調で同じ言葉を伝えた。「出ます」

 あのときの苦い思い出が、本人の脳裏によぎったろう。

 中卒たたき上げで入門して15年。稽古熱心な稀勢の里は頑丈さを誇ってきたが、たった1日だけ休場したことがある。平成26年初場所。綱取り場所で右足親指を痛め、千秋楽の土俵に立てなかった。

 その日。東京都内の自宅に友人とこもって、布団をかぶりながらテレビで大相撲中継を見た。外に出るのが嫌で、食事はコンビニ弁当だったという。

 失意のなか、強く胸に誓った。「こんな思いだけは二度としたくない」と。以降、体幹トレーニングや散歩など、土俵外の“稽古”を取り入れ、さらに強靱(きょうじん)な肉体をつくり上げてきた。

 前日の痛がり方を見ると、一晩で万全に近い状態へ戻るはずがない。まさに強行出場だ。悪化すれば、長期休場につながるリスクもある。

 しかし、今場所は晴れの新横綱場所。堂々とした相撲で優勝争いの先頭に立ってきた。最高位としての自覚が背中を押したのかもしれない。

 稀勢の里は近しい関係者に休場しないことを報告し、力を込めた。

 「怖いけどいくよ。迷わずやる。見とけよ」(藤原翔)

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