稀勢の里、先代師匠が禁じた「出稽古」に励む苦境

 大相撲夏場所(14日初日=両国国技館)まであとわずか。横綱稀勢の里(30)=田子ノ浦部屋=は3場所連続優勝を目指すが、先場所の劇的な逆転優勝と引き換えに悪化させた左上腕部などのケガの状態は、依然予断を許さない。

 稀勢の里が先週末から、よその部屋に足を運ぶ「出稽古」に励んでいる。稀勢の里を育てた先代師匠(元横綱隆の里=故人)は「出稽古は、なれ合いを生む。オレは部屋の中の稽古だけで横綱になった」とかたくなに禁止していた。

 先場所の負傷の影響で調整が大幅に遅れているだけに、そうも言っていられなくなったのだろう。ただ先代師匠も来る者は拒まず、筋を通せば他の部屋からの出稽古を喜んで迎え入れた。

 その1人が横綱白鵬だった。平成22年九州場所と翌年初場所、白鵬は稀勢の里に2連敗した。九州場所の負けは史上2位の63まで伸びていた連勝記録がストップした歴史的敗戦だった。稀勢の里が大関の座を射止める1年も前のことである。なぜ白鵬は稀勢の里が苦手だったのか。白鵬は「(理由は)自分でもわからない。これから考えてみる」と話し、初場所が終わって1週間後、さっそく行動に移した。

 同じモンゴル出身の光龍の結婚式で先代師匠と同じテーブルになると歩み寄り、直立不動でこう切り出した。

 「お願いです。お部屋に出稽古に行かせてください」

 苦手を克服するにはその苦手と稽古する以外にないと思い至ったのだ。横綱の真剣な表情に先代師匠は心打たれ、「いつでもいいよ」と即座に許可を出した。

 3カ月後の夏場所(技量審査場所)前、白鵬は車で40分かけて鳴戸部屋に行き、念願の稀勢の里と思う存分取った。

 直後の夏場所で白鵬は稀勢の里を押し出しで破り、史上最多の7連覇を達成している。

 いまの稀勢の里も出稽古に活路を見いだそうと必死で、このときの白鵬を思い出させる。8日には二所ノ関部屋で行われた連合稽古で豪風らと16番取ったが、三役以上との手合わせはないまま。懸命の調整が続く。 (大見信昭)

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