上田利治さん、悲願の打倒巨人果たした1976年日本シリーズ マージャンも飲酒も許して

 【追悼・上田利治さん(下)】

 7月1日に80歳で死去した上田利治さんが監督を務めた阪急ブレーブスは1975年に広島との日本シリーズを制し、初の日本一に輝くと、翌76年も圧倒的な強さを見せた。当時2シーズン制だったパ・リーグで初めて前期、後期とも制覇。完全優勝を遂げた。

 日本シリーズで対戦したのは前年のセ・リーグ最下位から優勝を果たした長嶋巨人。阪急は西本幸雄前監督の時代、9連覇を果たした川上巨人とシリーズで5度対戦し、退けられていた。「何とか巨人を倒したいという気持ちが選手の向上心にもつながっていた」と上田さんは振り返った。

 シリーズでは阪急が第1戦から3連勝し、一気に王手をかけた。第4戦、5戦は連敗。続く第6戦で阪急は五回まで7-0とリードしながら巨人の猛反撃に遭い、八回に同点とされる。そして延長十回無死満塁で、頼みの山田久志が巨人の高田繁(現DeNAゼネラルマネジャー)にライト前へサヨナラ打を打たれた。これで3勝3敗の五分となり、勝負の行方は分からなくなった。

 上田さんは意気消沈する阪急ナインに活気を与えようとその夜、マージャンも飲酒もOKという門限無しの自由行動を許可した。ただし、ひと言付け加えるのも忘れなかった。「今夜のテレビのニュースと明日のスポーツ紙は見たらあかんで」

アクセスランキング

もっと見る

ピックアップ