伊東勤元監督の結婚秘話…キューピッド役は私だった 中川充四郎氏が見た西武ライオンズ40年

 【一番近くで見た 西武ライオンズ40年】

 1978年オフ、西武が福岡を本拠地としていたクラウンライターライオンズを買収し、埼玉に「西武ライオンズ」が誕生してから今年で40周年。リーグ優勝16回、日本一10回の栄光もさることながら、個性的で愉快な面々が球団史を紡いできた。長年に渡り専属リポーター、コメンテーターを務め、表も裏も知り尽くす中川充四郎氏(67)が、取っておきの秘話を公開。

 1985年はパ・リーグを制したものの、阪神に敗れ日本一は逃した。しかし、ご褒美の優勝旅行は実施された。行き先はハワイ。私も同行取材でそれなりに堪能させてもらった。ある日、知り合いの客室乗務員が仕事でホノルルステイとの連絡が入り、選手との食事会を企画した。当時は“合コン”という言葉は存在していなかったと思う。

 先方は5人。西武組は独身者が少なく、伊東勤と渡辺久信を誘い、私を含めて合計8人での会になった。まだ20歳の渡辺と比べ、“適齢期”の23歳の伊東は「もし、気に入った女性がいれば…」の気持ちはあったはず。最初は固い感じも、女性軍は客相手の仕事なので、和ませる術は十分。和気あいあいとなり、盛り上がるまでに多くの時間はかからなかった。

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