「ブキさん」、選手の賃上げで会心の笑み 死去の南海元監督・穴吹義雄さん

 数年前から、ブキさんから年賀状が来なくなった。連絡しなければ…と思っていたところに悲報が届き、胸がつまった。

 プロ野球南海で監督を務めた穴吹義雄さんとの付き合いは、1991年にブキさんが南海の後身の福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)の編成部長に就任してからだ。当時、ダイエー担当記者だった筆者は、編成部長室を訪ねて驚いた。

 12球団別の主力選手の年俸が表にまとめられ、壁一面にでかでかと張り出されている。しかも、1億円以上はピンク、9千万円台は緑…と色分けされ、その球団の選手の年俸が高いか低いか、ひと目で分かるようになっていた。

 「本社の上層部に、ホークスの年俸がどれだけ低いかを知ってもらうために作ったんや。給料が安い会社に、誰も就職しとうないやろ。今のままでは、誰もウチにきたがらん。選手を獲得する前に、入団したくなる球団にならなあかんのや」

 中内功オーナーやダイエー本社の幹部をことあるごとに部屋に引き入れ、ブキさんは「もっと給料を出してほしい」と言い続けた。そのかいあって、1年後には「ダイエーは年俸が高い気前のいい球団」という評判が立った。

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