早実・荒木大輔 フィーバー加熱、体を張ってファンから守ってくれたチームメート

 【甲子園レジェンド 100分の1の夏】 

 16歳の体は悲鳴を上げていた。1980年夏。1年生の荒木は初戦から2週間のうちに、2度の連投を含めて5度先発し4完封。44回1/3無失点の快進撃で“大ちゃんフィーバー”を巻き起こしたが、超高校級左腕の愛甲(元ロッテ)、強打の安西(元巨人)らを擁する横浜(神奈川)との決勝では、初回に2点を奪われるなど、3回5失点KO、試合にも4-6で敗れた。

 だが、この大会から始まったフィーバーは収束の気配を見せないまま加熱していった。

 「最初はうれしかったけど、途中からはもう、ほっといてくれって気持ちの方が勝ってたな。うれしくないことはないんだけど、異常なんだよね、盛り上がりが。面倒くさくなるじゃない。先輩に気も使うしさ。自分だけのとこにくるわけだからね。邪魔されている感覚もあった」

 支えになったのは友人たちだった。当時西武新宿線・武蔵関駅近くにあった早実グラウンドから、高田馬場駅で地下鉄東西線に乗り継ぎ、東京都新宿区早稲田の校舎まで約30分。チームメートや友人たちが荒木を囲むように立ち、ファンから守ってくれていた。

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