女帝闘争、体操協会の血塗られた歴史 クーデター、集団ボイコット…

 体操のリオ五輪女子代表、宮川紗江(18)によるパワハラ被害の訴えに、日本体操協会の「女帝」と異名を取る塚原千恵子女子強化本部長(71)と夫の塚原光男副会長(70)は文書や音声データで猛反論した。大揺れの協会だが、お家騒動はいまに始まったことではない。塚原夫妻は46年前、当時の「女帝」にクーデターを仕掛けた側だった。27年前には別の女性幹部らと激しく対立、塚原夫妻に対するボイコットが仕掛けられた。協会の歴史は血で血を洗う女帝の抗争史ともいえる。

 パワハラの告発を受けた千恵子氏(旧姓・小田)は、夫の光男氏が金メダルを獲得した1968年メキシコ五輪に女子の代表選手として出場。光男氏がムーンサルト(月面宙返り)を決めて金メダルを獲得した72年のミュンヘン五輪後に結婚した。光男氏は76年モントリオール五輪でも3大会連続で金メダルを獲得した。

 千恵子氏は現役引退後は朝日生命体操クラブの女子監督を務めるほか、2012年ロンドン五輪では体操女子代表を率いた。息子の直也氏も04年アテネ五輪の金メダルを獲得している。

 順風満帆にみえる体操人生は、激しい権力闘争の末に勝ち取ったものだった。光男氏は1982年、「女帝」と称された荒川御幸強化本部長の「横暴を告発する」と雑誌に寄稿して弓を引き、ついには追い落としに成功した。

 89年に出版された塚原夫妻の共著『熱中夫婦ここにあり!』(実業之日本社)では、選手兼コーチだった光男氏が、“女帝”から、「あなたは選手だから、コーチとしては不適任」と言われ、「頭に血がのぼるのが、はっきりと分かった」と振り返っている。

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