“女房役”ノムさん語るスタンカさん秘話 元南海投手、87歳で死去

 南海(現ソフトバンク)で投手として活躍したジョー・スタンカさんが、15日(日本時間16日)に米テキサス州の自宅で死去していたことがわかった。87歳。死因は明かされていない。

 1960年に南海に入団。61年の巨人との日本シリーズ第4戦では、円城寺球審の微妙な判定に泣き逆転サヨナラ負け。「円城寺 あれがボールか 秋の空」という川柳が有名になった。当時バッテリーを組んでいた野村克也氏(83)は「ど真ん中をボールといわれて、私はカッとすることはないのに、一緒になってカッカしてしまった」と振り返る。

 64年には26勝を挙げ、同年の阪神との日本シリーズでは3完封の離れ業でMVPに輝いた。野村氏は「第6戦で完封したのに、『明日も行かせてくれ』と言って第7戦も完封して日本一になった。調子がよかったのだろうが、チームのために連投を買って出るなんて、外国人には珍しいタイプだった」と評する。

 「普段はジェントルマンなのに、マウンドに立つと人が変わって鬼と化す。カッカさせた方がすごかった。外国人投手の球は何人も受けているけど、あそこまで変わる人はいなかった」という気迫あふれる投球スタイル。身長196センチの大男で「球はムチャクチャ速いわけではなかったが、みんな迫力に押されていた」と悼んだ。66年に大洋(現DeNA)移籍。通算7年で100勝72敗の成績を残した。(塚沢健太郎)

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