日本ハム“戦略”のすごさ 引き当てた吉田輝星で特需は続く…

 【SPORTS BAR】

 プロ野球ドラフト会議で、日本ハムは“外れ1位”で吉田輝星投手(金足農高)の交渉権を獲得した。“プロの目”は複数球団が競合した根尾昂(大阪桐蔭)、小園海斗(報徳学園)、藤原恭大(大阪桐蔭)を格が上としたが、“世間”は『吉田イチ押し』だった。

 甘いマスク、150キロ以上の速球で、今年の夏の甲子園で一躍スターになった。しかも優勝投手ではなく、決勝で負けた“悲劇のヒーロー”。日本人が好む判官びいき的要素もある。その夜のテレビのスポーツ番組、ほとんどが吉田特集を組み、翌日のスポーツ紙の扱いも一番人気だった。

 日本ハムの初代オーナーは大社義規さん。球団買収当初、拙稿は担当記者だった。オーナーが口にした球団経営理念を聞いたことがある。

 「プロ野球は人気商売や。戦力強化は当然大事やけど、まずは人が集まるような仕組みにせんといかん。ファンがいっぱいおると、選手も発奮して成長するもんやろ」

 人気も実力も低迷した当初、まずは巨人ブランドにすがった。通算3000本安打の張本勲を放出し、“V9エース”の高橋一三らを獲得。ファンが増えた。人気と戦力を整えて機が熟したおり、“絶対的クローザー”江夏豊を広島から獲って1981年に念願の初優勝。球団経営8年目だった。

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