ふてくされイライラ少女が家族会議で変身!? 「スマイル・シンデレラ」が誕生した夜…母・伸子さんを直撃

渋野日向子スマイルのルーツ

 “晴れの国”岡山から生まれたヒロインが、世界を魅了した。「AIG全英女子オープン」で、日本勢では1977年に全米女子プロ選手権を制した樋口久子(73)=現日本女子プロゴルフ協会顧問=以来、42年ぶり2人目のメジャー勝利を果たした渋野日向子(20)=RSK山陽放送。プロテスト合格からわずか1年、初の海外試合で頂点に立った「スマイル・シンデレラ」は、いかにして生まれたのか。故郷・岡山を訪ね、まずは母・伸子さん(51)を直撃した。(山戸英州)

 岡山駅からうだるような暑さに見舞われた山陽路を、車で走ること約40分。瀬戸内市の長船(おさふね)カントリークラブに到着した。ここは渋野が中学時代からゴルファーとして鍛錬を重ねた“原点”である。

 5日午後1時半、母・伸子さんが顔を見せると、次々に関係者が「おめでとう!!」「よかったね!」と祝福した。

 「(午前3時ごろの優勝決定後)寝られてないですよー。みんな一緒に時差ボケですね(笑)」

 こう切り出した伸子さんだったが、その表情は明るい。快挙の瞬間は自宅のテレビで見守り、「もう、ビックリですね! 『何が起きた!?』という感じです」と興奮が冷めないままだった。

 誰もが驚いたのは、20歳でメジャーを制した渋野がこの日、極度のプレッシャーがかかるはずの場面でも自然な笑顔を絶やさなかったこと。樋口顧問は「新人類という感じ」と評し驚いた。

 しかし実は、昔はこんな風に笑顔を振りまくタイプではなかった。

 「もともとは喜怒哀楽の激しい子です。小学2年からゴルフとソフトボールを始めましたが、ミスをしたらよく泣いてましたね」と伸子さんは振り返る。

 「その都度、感情をあらわにしないように、『それではダメだよ』と指導者の方から言われていました。よく覚えているのは、中学1年生のとき。長船カントリークラブの『錬成会』のラウンドでの出来事でした。思うようにスコアが伸びず、ふてくされたり、イライラしていたようです。そのとき、なぜ自分が怒られているのかが明確に分かるタイミングで、コーチの方に叱っていただきました」という。

 コーチから連絡を受け、その日の夜に家族会議が開かれた。「一緒に話し合って消化したのが、今思えば大きかったですね。ゴルフってメンタルスポーツですから、いい経験になったと思います」と振り返る。

 これが「スマイル・シンデレラ」が生まれた夜だったのかもしれない。伸子さんは「それからは、とにかく『笑顔でね、笑顔でね!』と私も、お父さんも、おばあちゃんも日向子に対してずっと声をかけました。『笑顔がかわいいんだから。笑顔が素敵ねって言ってくれてるよ』って。だから今があるんじゃないのかなと思います。サイン色紙にも、好きな言葉として『笑顔』と書いていますから」と明かす。

 笑顔とともに、渋野が注目されたもう1つのポイントは「食べるのが大好きなこと」。優勝がかかった最終ホールでも、大好きな駄菓子を噛みちぎるシーンが衝撃的だった。SNS上ではすぐさま「タラタラしてんじゃね~よスティック」(よっちゃん食品工業)と商品名が判明し話題沸騰。これもプレーする上で重要な要素だという。

 「調子が悪いときでも、甘いものを食べたり、一緒にラウンドしている方から『これ食べたら?』といただいたりして、そこからいい結果が出たりするんですよね。要は気持ちの切り替えの材料になっているのかなと思います。食育で気を使ってきたことは、いたってシンプル。朝ご飯を含め3食をしっかり食べさせること。あとは牛乳がとにかく大好きで、毎食水代わりにずっと飲んでました。すぐになくなるので、しょっちゅう牛乳パックを買ってきてましたね」

 宮里藍(34)、石川遼(27)らを目指してゴルフに打ち込む一方、2008年の北京五輪で金メダル獲得の原動力となった上野由岐子(37)に憧れソフトボールにも熱中した渋野。

 次回は異種目「二刀流」からゴルフに絞り、プロアスリートとして成功を収めるまでの舞台裏に迫る。

 

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