大量殺戮、子供は戦闘員…「失敗国家」南スーダンの独立は性急すぎた

 【中東見聞録】

 ささやかな自慢なのだが、米ハリウッド俳優のジョージ・クルーニーさん(56)に危ういところを助けてもらったことがある。南スーダンで2011年1月、スーダンからの分離独立を決める住民投票を取材したときのことだ。

 クルーニーさんはアフリカ支援に熱心なことで知られ、このときは南スーダン独立に向けた運動に取り組んでいた。このため、南スーダンの首都であるジュバで開かれた祝賀イベントに、ケリー米上院議員(当時)ら各国要人と並んでゲストとして出席していたのだ。

 独立実現に向けた国際世論の喚起に役割を果たした「広告塔」のコメントをもらおうと、クルーニーさんをつかまえた。が、そこに殺到してきた欧米メディアの記者たちに押され、私はバランスを崩してしまった。地面は前夜の雨でぬかるんでいた。

 泥だらけになることを覚悟した私の肩に、クルーニーさんのたくましい腕が回った。「アー・ユー・オーケー?」。私を支えながらこう言ったクルーニーさんは優しく、にこやかで上機嫌だった。

 祝賀会場のあちこちでは、住民投票の実施を祝う市民が踊りの輪を作っていた。北部のスーダン中央政府との長年の内戦を終結させ、独立を迎えつつあった当時の南スーダンは表面上、希望に満ちていた。事実、そのような論調で報じるメディアが大半だったと思う。

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