プーチン流「疑似民主主義」

【ロシア深層】

 ロシアの地方知事らがクレムリンでプーチン大統領と面会する際、ある物を非常に恐れている。「緑のファイル」と呼ばれる。プーチン氏がこれを手に現れたら、知事は近くクビになるか、そうでなくとも相当に厳しい叱責を受ける。

 緑のファイルはプーチン氏のえんま帳である。書類には、当該地方の問題点や知事の評点が詳細に記されている。大統領府や情報機関が調べた現地情勢に加え、世論調査や住民の「直訴」も反映されている。

 住民の抗議機運が強いなど知事の働きぶりに「難あり」と判断されれば、緑のファイルの出番となる。

 8日にロシアで統一地方選が行われた。今回は州や共和国、特別市など85ある連邦構成体(自治体)のうち16構成体で知事など首長の選挙があった。首都モスクワの市議選など地方議会の選挙も多数行われた。

 強権体制のイメージが強いため、こうした選挙が行われていること自体が意外かもしれない。選挙は確かに行われているのだが、実態は管理選挙による「疑似民主主義」である。

 首長の直接選挙は2004年に廃止され、12年に復活された。11年末からモスクワで大規模な反政権デモが起き、政権は懐柔策として選挙を再開したのだ。ただ、首長の解任権はプーチン氏にあり、事実上の任命制が続いている。

 8日に首長選が行われた16構成体のうち実に13カ所では、前任の首長が任期途中で解任され、プーチン氏によって新たな「首長代行」が任命されていた。その地方と全く縁のない者が据えられることも多い。

 ロシアの選挙では現職が圧倒的に有利だ。報道での露出度が非常に高く、政権や地方当局は、公務員や国営企業の従業員を投票に大量動員できるためである。

 プーチン氏は「選挙は危うい」と思われる首長を事前に退任させ、「首長代行」を有利な現職の立場で選挙に臨ませるのである。

 反体制派の立候補登録には、地方議員の署名を多数集めねばならないといった高いハードルがある。対抗馬は親大統領の「体制内野党」からの候補者だけであり、仮にプーチン氏が決めた与党候補が敗北しても打撃は限定的だ。

 今回の統一地方選については「与党圧勝の勢い」と報じられている。それはしかし、事前の首長すげ替えを含むさまざまな策を弄し、政権が必死のてこ入れを行った結果だ。もはや20年近くとなったプーチン体制の綻びは、今回の選挙結果をもっても変わらない。

 モスクワ市議選(定数45)をめぐっては7月、反体制派の10人以上が市選管に候補者登録を拒否された。議会に議席を持たない政党の候補者には大量の有権者署名を提出することが義務づけられており、それに不備があったとされる。

 モスクワでは8月にかけて断続的に抗議デモが起き、多い時には5万人が参加。治安当局に拘束された者は2千人を優に超える。

 中央集権の進んだロシアで、モスクワ市議会が重要な役割を担ってきたとはいえない。それにもかかわらず、人々が公正な選挙や地方自治を求め、声を上げ始めた事実は重い。

 「疑似民主主義」の限界を認識せねば、政権は遅かれ早かれ手痛いしっぺ返しを受けるのではないか。(外信部編集委員兼論説委員)

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