首里城火災から1年 再建の鍵は若い世代に、伝統継承に挑む職人

 沖縄のシンボルでもある首里城(那覇市)の正殿が焼け落ちた火災から31日で1年。令和4年に本格着工する再建工事に向け、乗り越えるべき課題は少なくない。現在では入手困難な資材の確保や、特殊な技能を持つ職人の育成もその一つだ。およそ30年前の前回の復元を手掛けた職人の多くは他界するか高齢化しており、令和の再建の成否は、若い職人たちの手にかかっている。(川瀬弘至、写真も)

 ■再現不可能?

 「何より大切なのはモノとヒト。必要なだけ確保するのは容易ではない」

 沖縄県内の瓦職人らでつくる県琉球赤瓦漆喰(しっくい)施工協同組合の田端忠代表理事が(57)が指摘する。

 首里城の外観でまず目を引くのが、青空に映える赤瓦だ。先の大戦で焼け落ちた後、平成4年に復元された際には、正殿だけで約6万枚、全体で約30万枚の赤瓦が使われた。

 「クチャ」と呼ばれる沖縄特有の泥岩に赤土を混ぜて焼かれた瓦は、クチャの鉄分が酸化して鮮やかな朱色に仕上がる。しかし田端さんによれば、前回復元時の赤瓦は平成26年に死去した瓦職人、奥原崇典さんが焼いたもので、「あれほど艶のある赤瓦を再現するのは不可能」という。

 再建事業を進める内閣府沖縄総合事務局では、焼け残った赤瓦のうち状態のいいものは再利用する方針。それでも新たに10万枚以上制作する必要がある上、前回と同じクチャを採取することが難しく、担当者は「どれだけ材質を近づけることができるかどうかも鍵になる」と話す。

 ■育成に3年以上

 瓦職人の育成と確保も重要だ。沖縄の瓦は台風などでも飛ばされないよう、漆喰で固められる。急勾配の屋根の上での作業には特殊な技能が必要だが、職人の高齢化が進み、人材育成が急務になっている。

 「施工できるようになるまで3年、一人前と呼ばれるまでには5~7年の経験が必要」と田端さん。しかし最近は赤瓦を使った民家が減り、職人のなり手も少ないのが実情だ。

 瓦職人だけではない。内部の装飾を手掛ける漆器職人も激減している。琉球漆器事業協同組合によれば、前回復元時には組合所属の業者が6社あったが現在は半分以下となった。

 上原昭男前理事長(75)は「漆器需要が少なくなっている上、新型コロナウイルスの影響で土産品としての琉球漆器も売れなくなり、業者が廃業に追い込まれている。首里城再建の職人を集めるには国や県の支援が必要だ」と訴える。

 一方、首里城の火災をきっかけに、伝統継承に関心を寄せる若者たちもいる。

 県琉球赤瓦漆喰施工協同組合に今年9月、新たな職人候補が“入門”した。IT業界から転職した堀切元気さん(30)。田端さんらの指導の下、赤瓦を漆喰で固める作業の練習に励む毎日だ。

 「転職前は自分にできるかどうか不安だったけれど、この仕事の魅力がだんだん分かってきたような気がする。再建工事までにできる限りの技術を覚えて、少しでも役に立ちたい」

 職人育成も含めた再建は、すでに始まっているといえそうだ。

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